久しぶりの更新になります。
従来の更新の予定が、手を怪我したり、それが癒えたら今度は日本は梅雨明け猛暑が始まりました。
6月末頃の気温をスマホで追っていたら、東京の新宿区の気温は毎日36℃で、時差はあるものの、台北、香港、そしてバンコクよりも高温でした。こんな気候では日本に住むメリットが感じられない。そのうえ、お仕事は日本のペースで進めなければならないので踏んだり蹴ったりでした。
この気温で昼間外で働ければ、バンコクでも働けるかも、という妙な自信がつくレベルでした。地球温暖化の影響ですね。今週は台風がくるため、雨で気温が緩和されるようです。
この高温の中で、日本では参議院選挙が行われています。投票日は7月10日ですが、この炎天下をものともしない候補者たちには、改めてプロ意識を感じました。必死になれば暑さもはね返すということでしょうか。
さて、この参議院選挙ですが、候補者などはテレビに出て、けっこう有名人や著名人、おなじみの顔が結構多いことが分かります。どうせなら知っている顔に投票したいところです。でも選挙なので政策や政党がどんなところかが影響するので、それも見なければなりません。こうしてみると政党も多すぎてどれにしようか、と迷うところです。
では選挙では誰を応援するのか、と考えたところ、最近妥当な意見を新聞などで見つけました。それを読者の皆様にも知ってほしいと思いました。
それは政治的意見の完全な一致を求めない、ということでしょう。だいたいで近いところが良いです。ただ権力者がこのブログに対して、発言機会を与えない、投獄する、と言うような命令を発した時に、体を張って反対してくれそうな人なら誰でもよいと思います。歴史的にどういう発言が人々を苦しめて来たか、の特徴はだいたいわかります。それは「我が国の本来の姿に戻る」ことを目指す言説です。我が国がこんなありさまになっているのは、外部から異物が混入してきて社会を汚染したせいである。だからその異物を検出して、排除すれば社会は「原初の清浄さと活力」を回復するであろう、という妄想です。この典型はナチスでした。
ロシアや中国の権力者がウクライナやウイグル、香港で行っていることに民衆が支持を与えているのは、この「あるべき国の姿」幻想に踊らされているためだと思われます。
そこの国民が「これが本当に私の暮らしたい社会なのか?」と自問する習慣があれば、今あるような国にはなっていないと思います。
私の暮らしたい社会、とは基本的人権が尊重され、市民的自由が守られる社会で暮らしたい、ということです。国が貧しくても、軍事的強国でなくてもいいです。金があり、力があり、周辺国から畏怖されているが、権力者におもねる以外に、人々が生きる手立てがないような国では暮らしたくないです。
安倍元総理は勇ましいことを言っていますが、戦争になったら、あなたは前線に立てますか?
ずっと後ろの安全地帯から見ているだけでしょう?実際に戦地で死ぬのは若者たちなんですよ。
「立派に戦って死んでまいります」と言って出征した青年たちは、最前線で気づく。自分たちが使い捨ての駒であり、一兵卒の命など国にとって取るに足らぬものであることを。
彼らにも人生があったろうに戦争は台無しにしてしまいました。死んで「英雄」や軍神」と呼ばれたとして何になるだろう。彼らを覚えているのはわずから身内だけで、すぐに時の彼方に忘れられる。
今こそみんなが未来への可能性を封じてしまう戦争には断じて関らない、と宣言すべきです。全員が非国民になれば、それはもう非国民ではありません。
「自発的隷従論」では、悪い政治が成り立つのは、国民が進んでそれを受け入れているからだ、ということです。国家への隷従が習慣化し、国民がNo!の声を上げなくなった時が滅びのはじまりです。「自由の秘訣は勇気です。(蔡英文)」 勇気を持って国家から自由になりましょう。
先週の気温を調べてみました。
七夕飾りで面白い短冊を見つけました。
松屋では最近シーフードカレーが発売されました。エビ、イカ、あさり、貝柱、パブリカ、ズッキーニなどが入っていて高い値段ですが、シーフードなので食後に体が熱くならず、味も良いのでラッキーでした。