2020年10月21日 Choiceするシステムについて バンコクはもとよりタイ各地で、学生をはじめとする抗議デモが湧き起こっています。当ブログは香港のときもそうですが、 デモ参加者が求める民主化や王室改革は当然なこととする立場です。またこの抗議デモで特徴的なことは、香港スタイルを採用している、ということでしょう。それは黒いTシャツだけではなく、スマホやSNSを運動に駆使しているところに、プラユット政権側は苦慮しているようです。 しかしこのPCでネットを使うシステムが普及してから、このシステム自体に私たちの思考様式も影響を受けていると感じます。 このシステムが普及する前と後ではどこかが変わってしまったように感じます。それは例えば本を探す場合、以前は本屋さんや図書館に通って探すのが常道でした。しかし今はアマゾンなどPCで検索してお目当てを捜すという方法がお手軽に本を求める方法として確立しています。 しかし、探すと捜すでは意味合いが異なる、結果的に買った本が同一でも、そこに至る思考様式が異なると思います。 本屋さんや図書館では似た分野の本が並んでいていくつかを手に取って眺めてみて、これが良いと思った本を買います。お目当ての本があってもその横に並んでいる本も見てみることによって、新しい視点があり、横にある本の本の方がより良い、と思うこともあり、時には2冊買ってしまうこともあるやもしれません。様々な著者の声を本棚で聞くことができるのです。しかし、ネットではあらかじめ買う予定の本しか目に入らないことになります。 PC普及前の情報源は新聞、雑誌、テレビ、ラジオといった1方向メディアが主で、それはいやおうなく、様々な立場の意見を見聞きすることになりました。それにより、自分と立場が違う意見についてもその理由を考える機会があり、どこか寛容さを持つ機会があったように思います。 しかし、SNS,ブログやユーチューブ、など双方向メディアが普及して来ました。これのメリットはSNSのように誰もが発言でき、意見を共有する仲間を作りだ出せるようになりました。そしてこれまで言論が教養人に独占されてきたのが変化したのです。抗議デモはこれを武器の一つにしました。 しかし、のPCやスマホを使うという方法は、常に自分で選択をするシステムになっています。これは全てが自己責任の世界でこれはとても緊張を強いられる側面があるようです。また、PCは意見を共有する仲間を作りだすのを容易にしましたが、自分と同意見の人とだけ関わることになり、違う世界とは意見の交流が無くなる傾向を強化するようです。それが高じると誰もが自分を肯定したいという気持ちから、容易に自分の置かれた立場にあった意見を正当化するようになっていく。はっきり言えば、他人のことがわからない人間になっていくように感じます。 それはとても恐ろしいことと思います。日本では、駅でのスマホ歩きは危険ですと鉄道会社から宣伝されていますが、自分のことだけしか関心がないことだとすれば、とても怖いことと感じました。自分が道具に支配されずに手段の一つとしてのPCやスマホ、とどこかで思っていた方が良いように思います。 Tweet
2020年10月21日 カトマンズの思い出 コロナ禍で旅行が未だに制限されています。日本政府は隔離措置などを制限緩和の方向のようですが、ビジネス客を対象にしていて、 一般客は後回しのようです。 そうすると次の旅行のプランはもちろんですが、一方で今までに行った場所でのことも思い出されて来ます。そういったこともときどき 綴れ織りのように述べて行きたいと思います。 私は東南アジアの他に、インド、ネパール、パキスタン、イエメン、中国西域などの風景も思い出されます。しかし年齢が上がるにつれ、近場に行く傾向が出てきたのは残念なことです。例えばネパールには地震が起きる前にはときどき行きました。タメルというカオサンのような地区に滞在し、気の向くままに動いていました。そのときのひとこまです。 そのタメルのゲストハウスの一つに泊まっていたのですが、だんだんと私より年下の旅行者が多くなってきつつありました。単身が多いですがその他に2~3人のグループもいたし、カップルで長期旅行をしている人たちもいました。当時のネパールには日本人旅行者が比較的多く、 そうなると背景も異なり、お互いに気が合う、合わないということも起き、いつもパラダイスというわけではありませんでした。そのためつきあいでトランプなどをしても普段は同行しない人も多かったです。それでもトレッキングで泊まった夜の星空は一段ときれいに見えました。 そんななかでカップルで長期旅行をしている2人がいました。男は30でロン毛でヒッピー風、女は35でどこか清楚な感じでした。彼女はトレッキングの途中で倒れ、ヘリコプターで運ばれたそうです。私は男の方が他の旅行者を捕まえて、どこそこの場所やトレッキングの途中の出来事のことで大きな顔をするのが気にくわないのであまり会わないようにしていました。そうしているうちに、私と彼女が偶然部屋にいるときがありました。私の方は隅でこそこそと座っていたのですが彼女の方から、「私、どうしようか迷ってるの。このままずっと旅を続けるか、子どもを産んで家庭を持つか、どう思う?」 私はどう答えて良いかわかりませんでした。考えてないし、私は彼女とは全く違う環境にいると思いました。でもたぶん、勇気を出して聞いてきたのでしょうから、なんらかの答を出さなければ、と思いました。そこで、「覚悟を決める、しかないんじゃない?そろそろどういう方向で行くか、決断をする頃になっていると思いますよ。」と答えました。彼女はうなずいて、そのまま少し黙って考えていました。そうしているうちに、他の人間が入ってきたので、この話はそこで終わりました。 私には良い答えは出せませんでした。でも大枠はこれで良かったのではないかと思っています。成功しても失敗しても自分で決めた結果ならばどこか納得がいくと思います。彼女はきっと、きっかけが欲しかったのだと思います。 写真はネパールカトマンズ近郊で出会ったサドゥー(遊行者)、他方は香港の街のスタンドにあった雑誌です。どちらも私たちと無縁ではない、と感じられることを大切にしたいと思います。 コメント(0) Tweet
2020年10月21日 10月21日の記事 コロナ禍で旅行が未だに制限されています。日本政府は隔離措置などを制限緩和の方向のようですが、ビジネス客を対象にしていて、 一般客は後回しのようです。 そうすると次の旅行のプランはもちろんですが、一方で今までに行った場所でのことも思い出されて来ます。そういったこともときどき 綴れ織りのように述べて行きたいと思います。 私は東南アジアの他に、インド、ネパール、パキスタン、イエメン、中国西域などの風景も思い出されます。しかし年齢が上がるにつれ、近場に行く傾向が出てきたのは残念なことです。例えばネパールには地震が起きる前にはときどき行きました。タメルというカオサンのような地区に滞在し、気の向くままに動いていました。そのときのひとこまです。 そのタメルのゲストハウスの一つに泊まっていたのですが、だんだんと私より年下の旅行者が多くなってきつつありました。単身が多いですがその他に2~3人のグループもいたし、カップルで長期旅行をしている人たちもいました。当時のネパールには日本人旅行者が比較的多く、 そうなると背景も異なり、お互いに気が合う、合わないということも起き、いつもパラダイスというわけではありませんでした。そのためつきあいでトランプなどをしても普段は同行しない人も多かったです。それでもトレッキングで泊まった夜の星空は一段ときれいに見えました。 そんななかでカップルで長期旅行をしている2人がいました。男は30でロン毛でヒッピー風、女は35でどこか清楚な感じでした。彼女はトレッキングの途中で倒れ、ヘリコプターで運ばれたそうです。私は男の方が他の旅行者を捕まえて、どこそこの場所やトレッキングの途中の出来事のことで大きな顔をするのが気にくわないのであまり会わないようにしていました。そうしているうちに、私と彼女が偶然部屋にいるときがありました。私の方は隅でこそこそと座っていたのですが彼女の方から、「私、どうしようか迷ってるの。このままずっと旅を続けるか、子どもを産んで家庭を持つか、どう思う?」 私はどう答えて良いかわかりませんでした。考えてないし、私は彼女とは全く違う環境にいると思いました。でもたぶん、勇気を出して聞いてきたのでしょうから、なんらかの答を出さなければ、と思いました。そこで、「覚悟を決める、しかないんじゃない?そろそろどういう方向で行くか、決断をする頃になっていると思いますよ。」と答えました。彼女はうなずいて、そのまま少し黙って考えていました。そうしているうちに、他の人間が入ってきたので、この話はそこで終わりました。 私には良い答えは出せませんでした。でも大枠はこれで良かったのではないかと思っています。成功しても失敗しても自分で決めた結果ならばどこか納得がいくと思います。彼女はきっと、きっかけが欲しかったのだと思います。 写真はネパールカトマンズ近郊で出会ったサドゥー(遊行者)、他方は香港の街のスタンドにあった雑誌です。どちらも私たちと無縁ではない、と感じられることを大切にしたいと思います。 コメント(0) Tweet