10月21日の記事
コロナ禍で旅行が未だに制限されています。日本政府は隔離措置などを制限緩和の方向のようですが、ビジネス客を対象にしていて、
一般客は後回しのようです。
そうすると次の旅行のプランはもちろんですが、一方で今までに行った場所でのことも思い出されて来ます。そういったこともときどき
綴れ織りのように述べて行きたいと思います。
私は東南アジアの他に、インド、ネパール、パキスタン、イエメン、中国西域などの風景も思い出されます。しかし年齢が上がるにつれ、近場に行く傾向が出てきたのは残念なことです。例えばネパールには地震が起きる前にはときどき行きました。タメルというカオサンのような地区に滞在し、気の向くままに動いていました。そのときのひとこまです。
そのタメルのゲストハウスの一つに泊まっていたのですが、だんだんと私より年下の旅行者が多くなってきつつありました。単身が多いですがその他に2~3人のグループもいたし、カップルで長期旅行をしている人たちもいました。当時のネパールには日本人旅行者が比較的多く、
そうなると背景も異なり、お互いに気が合う、合わないということも起き、いつもパラダイスというわけではありませんでした。そのためつきあいでトランプなどをしても普段は同行しない人も多かったです。それでもトレッキングで泊まった夜の星空は一段ときれいに見えました。
そんななかでカップルで長期旅行をしている2人がいました。男は30でロン毛でヒッピー風、女は35でどこか清楚な感じでした。彼女はトレッキングの途中で倒れ、ヘリコプターで運ばれたそうです。私は男の方が他の旅行者を捕まえて、どこそこの場所やトレッキングの途中の出来事のことで大きな顔をするのが気にくわないのであまり会わないようにしていました。そうしているうちに、私と彼女が偶然部屋にいるときがありました。私の方は隅でこそこそと座っていたのですが彼女の方から、「私、どうしようか迷ってるの。このままずっと旅を続けるか、子どもを産んで家庭を持つか、どう思う?」
私はどう答えて良いかわかりませんでした。考えてないし、私は彼女とは全く違う環境にいると思いました。でもたぶん、勇気を出して聞いてきたのでしょうから、なんらかの答を出さなければ、と思いました。そこで、「覚悟を決める、しかないんじゃない?そろそろどういう方向で行くか、決断をする頃になっていると思いますよ。」と答えました。彼女はうなずいて、そのまま少し黙って考えていました。そうしているうちに、他の人間が入ってきたので、この話はそこで終わりました。
私には良い答えは出せませんでした。でも大枠はこれで良かったのではないかと思っています。成功しても失敗しても自分で決めた結果ならばどこか納得がいくと思います。彼女はきっと、きっかけが欲しかったのだと思います。
写真はネパールカトマンズ近郊で出会ったサドゥー(遊行者)、他方は香港の街のスタンドにあった雑誌です。どちらも私たちと無縁ではない、と感じられることを大切にしたいと思います。